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完全と不完全の境界

詰将棋のルールの話を久しぶりに。

「振り返る」シリーズでパラのバックナンバーを読んでいたら、「詰上り図の3手前に、5手詰で駒が余る別の手順が成立する作品」に対して、山下氏が余詰ではないか、と指摘していました。それに対する作者・編集部の見解は「見る人の詰棋観によって判断がわかれるケース」というものだったのですが、眺めていて釈然としないモノを感じました。

昔の新聞向けですとかNHK(…今はないみたいですけど)の詰将棋とかですと、解答欄に「○○は▲▲でも正解」という表現がたまに使われますが、

①玉方の着手

②詰方の成生非限定

③飛び道具を打つときの打場所非限定

④最終手余詰

位かな?これ以外ではお目にかかったことが無いような気がします。もちろん「それはキズとして作品の評価から割り引かれているのだからそれで良いのでは」という意見もあるでしょうけど、どこかに完全と不完全の境界線というのはあるわけで、それによって不完全な詰将棋があたかも完全であるかのように評価されるのは少し違うのではないか、と思いました。

 

和田竜の「のぼうの城」を読了。忍城攻防戦の話は知っていたのですが、人物がいきいきと描かれていて面白かったです。

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詰将棋」カテゴリの記事

コメント

 上記の例は明らかに余詰だと思います。
ただ、長手数の作品だと収束三手前の余詰を許容する人も居ますね。私の考えでは、小駒の打場所非限定や迂回手順ぽいのは許容出来る場合もありますが、(厳密には不完全と思う)全然違う手順でしかも短手数の余詰がある場合は、許容出来ないし、不完全だと思います。
 私個人の経験で、最終手が狙いの一手だけど、最終手余詰がある作品が、「最終手が狙いの場合は最終手余詰もダメ。」という理由で返送されてきたことがあります。その作品を作っていた時は、最終手余詰は全く問題ないと思っていたので、納得行かなかったのですが、今はだいぶ納得出来るようになりました。

私は詰将棋に「完全と不完全の境界線」を引くべきではないと考えます。指将棋のように勝ち負けを明確にするゲームではありません。不詰でなければ可という寛容な規約であるべき。もちろん評価の高低はありますが。

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